第19話「畏怖」

「ばかな…そのような事を許すわけが…」

「許す、許さないという問題ではないのですよ、ソレイユ王」

クヴァールはそう言い、踵を返そうとした時だった。奥間から不穏な空気を感じたアルメリアが聖堂の間へ来てしまったのだ。

「お父様…」

アルメリア様!来てはなりません!」

アージェントが声をあげ、剣を構えた。アージェントのただならぬ様子にアルメリアは体を強張らせた。

アルメリアの姿を目にした瞬間、クヴァールは全ての生き物が身の毛もよだつような笑みを浮かべた。息ができなくなるような、不安と畏怖がまとわりついた笑みだった。

アルメリアは射抜かれたように足先から背筋までが冷え、手が震え、足がすくんだ。

ソレイユ王も同じなようで、動けずに唇が青ざめている。

アージェントにも戦慄が走り、咄嗟に矢のような速さで斬りかかった。しかし、その瞬間にクヴァールとロイエの姿は漆黒の渦の中に消えていった。

アージェントの剣が空気を切り、切っ先が床に着いた。そこには、黒の羽が数枚落ち、現実を物語る証拠が残されているだけだった。

 

 

黒翼の軍勢。解かれた封印。日食の時。

そして、アルメリアを見た時の、あの血の気の引くような笑顔。

 

本当に昔の言い伝えである者が現れたのだとしたら。

 

アージェントは、青ざめたソレイユ王に向き直り、口を開いた。

「ソレイユ王、どうか、招集命令の許可を。一刻も早く各地の能力者を集めねばなりません」

ソレイユ王は震えた唇を抑えながら目を見開いた。

「始まってしまったというのか…招集を…許可する」

 

 

ソレイユを日食の時にもらうと言っていた。

期日は日食。

なんとしてもそれまでに対策を打たねばならない。逆を言えば、次の日食まで猶予があるという事だ。

言い様のない気味の悪さが駆け巡り、アージェントの額には一筋の汗が流れた。

第18話「宣告」

***

 これは神軍のメンバーが揃った記念すべき日の5日程前の出来事だった。

麗らかな日差しがソレイユへ差し込むいつもと変わらない朝、アージェントはいつものように手早く支度を済ませると自室を後にした。

ソレイユ王に第五銀河の近況報告を行うのは大神殿と決まっていた。アージェントが神殿へ入ると、既に王も神殿に着いており、ソレイユの民を見守るように祀られた大きく真っ白なマリア像の前に静かに立っていた。アージェントは王の前に片膝をつき、ひざまずく姿勢になると馴染みの報告を始めた。

 

「…現状、各星にて大きな問題は起きておりません。報告は以上となります」

「そうか、ご苦労であったアージェント」

 

いつものように報告は終わるはずだった。王が話を終えようとした時、アージェントはこれまで感じたことのない禍々しい気があたりを纏うのを感じ警戒した。その瞬間、神に守られていると名高いこの大神殿が大きく縦に揺れだした。

ゴゴゴ…と地響きを鳴らして揺れる様子に只事ではないと察したアージェントは護衛の兵へ王を退去させるよう大声で命じ、自身も歩みを進めようとしたその時だった。

 

  突如、ソレイユ王とアージェントの間に黒色の光が集まり渦ができたかと思うと、その渦の中から漆黒の羽を携えた2人の人物が現れた。

一人は男性で背丈は180cmをゆうに越し、髪は長く漆黒の色をしている。肌は褐色で露出している肩や腕には黒色の紋章の様な模様がいくつも描かれていた。頭には捻れた立派な角が左右に生えており、前髪も長くアシンメトリーで左半分が髪によって隠れているが、見えている片方の目は鋭く切れ長で血の様な赤色の眼をしていた。男はアージェントと目が合うと鋭い犬歯を覗かせながらニタリと笑いかけた。

 二人目は女性で背丈は160cm程でさほど大きくはないが、纏うオーラが凄まじく只者ではない事を感じさせた。肌は白いものの胸元や太ももが丸出しの露出の多い鎧のような服を着ており、紋章のような模様は女にも描かれていた。また男同様に漆黒の色をしたまっすぐの長く美しい髪に、よく似た角が生えていた。女は濃い目の化粧を施したはっきりとした目鼻立ちが目立つワンレンの前髪をしており、男とよく似た血の様な赤色の瞳でこちらをジロリと見つめた。

 

「な、何者じゃ…!」

 

ソレイユ王は突如現れた2人組に驚き後ずさりしつつ問いかけた。

すると男のほうが口元に緩く笑みを浮かべ王へ会釈した。

 

「お初にお目にかかります、ソレイユ王。私の名はクヴァール。そしてこれは側近のロイエです。…そうですねぇ……我々はあなた方の歴史上の言い方をすると”黒翼の軍勢”でしょうか」

 

 クヴァールと名乗る男が不気味な笑みをのせて挨拶をすると、その言葉にソレイユ王は驚愕し、僅かに震えていた。

「こ、黒翼の軍勢…じゃと?!……言い伝わる者達であれば大昔に…先祖の代で封印したはずじゃが…」

王の言葉をきくとクヴァールは喉の奥をククと鳴らし笑みを零しては、目を細め続けた。

「ええ、確かに我々はあなた方に封印されました。…ですが、ようやく目覚めたのです。…封印は時と共に解かれ、私達は再び蘇ったのです」

 

黒翼の軍勢についてはアージェントも知っていた。もちろん先祖によって封印されたことも。サヴァンによる家庭教師を受けていた時に学んだ歴史の一つだった。

アージェントはその歴史上の逸話だと思っていた者が目の前にいるという事実をようやく受け入れるとクヴァールに話しかけた。

 

「再び蘇り、一体何をしようというのだ!」

 

敵意の目をしたアージェントが一歩前へ踏み出そうとすると、すかさず側近のロイエがアージェントの方を指差し、指先へ集まる紫色の光をアージェントの足元へ放つと瞬く間に床の一部を破壊した。

 

「大人しくしてな、ボウヤが出る幕じゃないよ」

 

凛とした声色で制されるとアージェントはクッと堪え動けずにいた。

幼子を見るような目でアージェントを流し見るも再び王へ目を向け、クヴァールは続けた。

 

 

「…次の日食がソレイユを闇で覆う日、我々がこの星…いや、この世界を頂戴します」

 

 

第17話「幕開け」

白い木に繊細な彫刻で縁取られた会議室の扉を開けて、その青年は現れた。

 

青年はすらりと脚が長く、薄紫色の短いマントをまとっている。

町中の女性から黄色い悲鳴が聞こえてきそうな、不思議な魅力を持っていた。

 

「あれ、みなさんもうお揃いで。遅刻しちゃったかな」

目元の泣きぼくろを人差し指でトントンと叩いて少し困った顔をしている。

 

「いえ、今集まったばかりです。遥々来ていただき感謝します。シオン王子」

アージェントは胸に手を当て会釈をした。

王子と聞き、ベルはぎょっとして目を見開いた。驚いたのはフォートも同じだったようで、肩を上げている。

 

「あなたがアージェントさんだね。いやあ、王子は辞めたから堅苦しいことはいいっこなしだよ」

シオンは薄紫色のマントの裾を胸元に添えて続けた。

「みなさん、初めまして。ヴェントの義勇軍"アスター"のリーダーをしている、シオンだ。よろしく!」

そう言ってシオンは明るく微笑んだ。

フォートは、先ほど肩に力を入れた姿勢はどこへやら、どかどかとシオンに近づいていった。

「なんか色々事情があるみてーだな。王子じゃないなら、気使わなくて済んで助かったぜ。俺はフォート。よろしくな」

フォートはシオンの肩を叩いた。力加減を知らないのか、シオンは痛いよと言って笑っている。

「シオンさん、初めまして。ベルジュメルと申します。フルール国軍に従属しております。以後お見知り置きを」

ベルはフォートとシオンに近づいてから、きちんとお辞儀をした。

シオンはお辞儀をしているベルを少し覗きこむ姿勢で、にっこり笑った。

「よろしくね、ベルジュメル。あと、さん付けなんていらないよ。ね」

間近でシオンに微笑まれて、思わずベルは赤面した。

「わ、わかりました。よろしく、シオン」

 

一部始終を見ていたサヴァンはやれやれとため息をついた。

「では、シオン。私はテール国から来たサヴァンです。よろしく」

手短にまとめた挨拶が、サヴァンの人となりを表していた。

 

アージェントは窓から差す強い光を背にして、招集した面々に向き直った。

 

「フォート、サヴァン、ベル、シオン。今回の招集に応じてくれたこと、改めて礼を言わせてほしい。知っての通り、オーキャルが壊滅した今、彗星との全面的な戦闘は避けられない。自国の防衛はもちろんだが、なんとしても根源を無くさないことには被害は拡大していく一方だ。

そこで彗星討伐のための精鋭軍を結成した。君達にはその軍の指揮官として戦ってほしい」

アージェントの士気をまとった眼光に、ベルは皮膚がヒリヒリと痺れるのを感じた。

 

窓からは、さんさんと光が照らされていた。

戦闘などという血生臭い言葉と無関係のような輝きだったが、これが現実なのだとベルは眉唾を飲んだ。

第16話「集合」

 朝露が木々の葉を濡らす涼やかな朝、招集令状によってソレイユへ集った者達は指定された会議室へ足を運んだ。

集まったメンバーはアージェント、ベル、フォート、サヴァンの4名だった。

アージェントは他の2人と顔見知りのようでそれぞれに挨拶をしていた。その様子をベルはアージェントの後ろから見ていたが、招集された2人は一般人とは圧倒的に異なるオーラを放ち、その存在感にひと目でこれから共に戦う選ばれた仲間だと理解できた。

自分も自己紹介をしなくてはと会話の折をみてベルは威勢良く挨拶を始めた。

 

「あ、あの!お初にお目にかかります、私はフルール国王軍騎士のベルジュメルと申します」

「ん?ベルジュメル?なげぇ名前だな…ベルでいいな。よろしくな、ベル。俺はフォート、出身はフレイムだ。一応コイツ、アージェントとは幼馴染ってヤツだが、俺がここに来た理由は勿論それだけじゃないぜ?」

フォートは目を輝かせ饒舌に自身の活躍ぶりを語り始めた。

アージェントは些か呆れたような表情をするもその顔はまるで「まあ、聞いてやってくれ」と言わんばかりの友人を思いやる優しい目をしていた。

 

  しばし話を聞いていると、フォートの隣に座るモノクルをつけた青年が持っていた分厚い本をパタンと音を出して閉じたかと思うと代わりに閉ざしていた口を開いた。

「フォート、と言いましたか?…君の武勇伝はもう結構。そろそろ私にも挨拶させてください。時間が惜しいです」

青年の淡々と述べる様子にフォートはハハッと快活に笑うと笑顔を向けてすまないな、と言いながら席についた。サヴァンは持っていた本を机に置き軽く会釈をすると挨拶を始めた。

 「私はテールで主に第五銀河について研究をしているサヴァンです。数年前、一時的ですがアージェントの家庭教師をしていました」

ベルはサヴァンがアージェントの師であると云う事から自分が思ったよりも歳上であろうと解り少し驚いたが、その溢れ出す聡明な雰囲気からすぐに納得した。そんなことを考えていると、アージェントがすくっと立ち上がりサヴァンへ会釈をした。

サヴァン、その節は本当に世話になった。…いや、また世話になるな。…今回の招集、受けてくれて本当に感謝している。貴方の事だから断られるかと内心不安だった」

「はは、あながち間違ってはいないよ。…それにしても君から久方の知らせがきたと思ったら戦争への招集だ。私はてっきり結婚式の知らせかと思ったよ」

互いに柔らかい笑みをこぼしながら話す様子をみてベルは2人の絆の深さを感じた。

 

「なあ、アージェント。神軍隊長って5人って話じゃなかったか?」

談笑が続く中、フォートがアージェントへ尋ねた。

アージェントは目元にさらりと落ちてくるまるで光でできた糸を集めたような美しい金色の髪を片手で掬いあげるとあらわになった青色の瞳に壁掛けの時計を写した。

 

「そうだな…最後の1名はもう間もなく到着の予定だ」

 

 

第15話「愚弟」

穏やかな気温で、木々が青々しく風に揺れるある日のことだ。ソレイユ王の使いとしてアージェントがヴェントへ視察に訪れるため、ヴェント国内は警備を強化し、ピンと張りつめた意識が漂っていた。

 

重厚な空気をまとい、アージェントは2名の従者を連れて来訪した。

「お初お目にかかります、ソレイユ神軍第一隊長のアージェント・ブランと申します」

アージェントは優雅にお辞儀をしてヴェント王に挨拶をした。

 

「よくぞ参られたアージェント殿。本日は息子のスロウスに案内をさせよう」

ヴェント王は傍にいる青年を見やった。

青年はふくよかで背丈が低く、肌の白い男だった。前髪を眉のあたりで切りそろえ、きらびやかな服を身につけている。

「初めまして、アージェント殿。私はヴェント第一王子のスロウスだ。本日は素晴らしいヴェントの国をご案内致しましょう」

スロウスは、せり出した腹を突き出し、得意げに自己紹介をした。

「ありがとうございます。スロウス王子。よろしくお願いします」

アージェントがスロウスの隣に立って歩くと、背丈の差でスロウスは若干目線を上げて話さなければならなかった。本人が少し不満そうな顔をしたので、アージェントはさりげなく後ろを歩いた。

ーーー

ひと通りの視察を終え、城に戻る馬車の中でアージェントは尋ねた。

「ヴェントにはスロウス王子の他にもう1人王子がいらっしゃるとお聞きしました。よろしければご挨拶をさせていただけますか」

「我が愚弟、シオンのことですかな。残念ながらシオンはつい先日王族を抜けましてね。奴はヴェントの恥です。もう1人王子がいるなどということはお忘れ下さい」

「王族を抜ける…他国へ移られたのでしょうか?」

アージェントが訊くと、スロウスは鼻を鳴らし、短い足を組んだ。

「いいや、国内にいるでしょう。奴は父上の政策に反抗し、義勇軍などといって民を煽り、混乱に陥れたのです。なに、父上がちゃあんと沈静化させましたけどね。その罰として王族を抜けることになったのです。普通なら反乱罪で死刑ですがね、父上はお優しいのです」

義勇軍…」

アージェントは顎に手を当てた。

「それでは、義勇軍を支持する民もまだ残っているのですね」

「シオンが生きている限りネズミのように湧いて出るでしょう。シオンが「偶然」事故にでも遭いこの世を去ったとしたら無くなるような脆い集まりです」

 

城に着き、ヴェント王に礼を言ってアージェントと従者は帰路についた。

「アージェント様、先ほどの話…」

鼻の高い従者が口を開いた。

「シオン王子のことだろう。私もそれを考えていた。この国は商業や漁業も盛んだが貧困層は完全に見放されているな。今日は表通りしか詳しく見て回れなかったが、裏路地は天と地ほどに差がある」

「シオン王子は貧困層義勇軍として立ち上げたのでしょうか」

耳の大きい従者が首をかしげた。

「その可能性はあるな。ヴェント王がシオン王子を処刑しなかったのは、裕福層への人格アピールだろう。貧困層の民がすぐに反乱を行動に起こさないようにし、シオン王子を暗殺後、義勇軍支持者全員処刑もあり得る」

「窮鼠猫を噛むと言いますから、ヴェント国の情勢は今にも傾きそうですね…」

耳の大きい従者が呟いた。

それを見て鼻の高い従者が腕を組み、眉間にシワを寄せて言った。

「表向きには支持者は数少ないことになってますけど、公に言うと圧力がかかるため隠れた支持者も多いかもしれませんね」

アージェントは少し思い出したように口元を上げて笑った。

「それにしても、スロウス王子の口の軽さのおかげで情報が簡単に手に入って助かった」

「「たしかに」」

鼻の高い従者と耳の大きい従者は口を揃えた。

 

 

これが、彗星侵略が始まる半年前のことであった。

アージェントからの招集令状がシオンの元へ届いたということは、ヴェント王ならびにスロウスの耳にも入っていた。

「父上!アージェント殿からシオンに招集令状が届いたというのは本当ですか!」

ヴェント王は頰に手をつき、ひじ掛けにもたれかかる体勢でため息をついた。

「そのようだな」

「なぜ正式な王子の私にではなくシオンなのです?これでは私の面子が丸潰れではないですか!父上からソレイユに抗議して下さい!」

スロウスは鼻息を荒らし地団駄を踏んだ。

「スロウスよ。ソレイユに苦言を呈すると後々面倒になる。それに、シオンが招集されたのは彗星についてのことじゃ。そこで戦死なり事故死なりするなら手間が省けるというものだ。この数ヶ月、幾度となく暗殺者を送ってもなかなか尻尾を掴めんかったからな」

「ああ…さすが父上。そういうことでしたら、私も文句は言いません」

ヴェント王の言葉にスロウスはニヤリと笑い、玉座の間を後にした。

 

第14話「風の星ヴェント」

 活気のある港から爽やかな風が街中へ流れ込む星、ヴェント。第五銀河惑星の5つ目の星である。

港を中心とした賑やかで明るい人々の行き交う街は表向きの姿であり、金の亡者と化したこの星を統べるヴェント王、第一子息のスロウス王子の命ずる様々な税や天上金の徴収にヴェントの人々は日々苦しめられていた。

 

 港から少し歩いた雑貨屋の路地を入ると、街の漁師や旅の者が集うバーがある。このバーの奥の部屋にはとあるチームのアジトが存在していた。

チームの名はアスター。王の悪行を止める事を目的として結成された【義勇軍】だ。

少人数だが切れ者が多く在籍しており、中でもリーダーのシオンは風のように素早く、愛用のレイピアを華麗に操り敵を一掃する腕の持ち主だ。また容姿も端麗で、柔らかくウェーブのかかった赤茶色の髪は首元で揺れ、少しタレた目元の泣きぼくろも特徴的だ。その中性的な顔立ちと、優しい性格でチームメンバー、ならびに街の人々より絶大な信頼・人気を得ていた。

 

とある夜、シオンはアスターのメンバーを集めた。

「みんな聞いてくれ。しばらくの間、ヴェントを離れる事になった。俺が不在な分、アスターの活動は縮小するだろうが出来る限りヴェントのみんなを守って欲しい」

突然の報告にメンバーは動揺し、ざわついた。

 「ソレイユ国のアージェント騎士団長より召集令状が届いたんだ。どうやらヴェントにも関わる大変な事が起きていて、俺もその対応に向かうことにした。…アスターのみんなには迷惑をかけるが、どうか理解してほしい」

しかし次の言葉を聞き全員が納得し、協力すると口々に賛同の意を示した。

 「なーに水臭い事言ってんすか、リーダー!留守は俺たちに任せてくださいよ」

アスターのメンバーはシオンの境遇も知っているため、彼の応援をしない者はいなかった。

 

 シオンのフルネームはシオン・ヴェント。悪王とし敵対しているヴェント王の第二子息、つまりシオンも王子である。血の繋がった父と兄を敵とし、人々を守る道を選んだシオンを勿論王が許す筈はなかった。

「反逆者とみなし、シオンをヴェント家より除籍とする」

ヴェント王はみせしめに、年に一度行われるヴェントの人々が集う祭りの場で、シオンへ王家からの除籍を命じた。

しかしシオンは風のように爽やかに微笑み、そして高らかに叫んだ。

「除籍?ふふ、喜んで♪……父さん…いえ、ヴェント王、そしてスロウス王子!必ずあなた方の悪行を止めてみせます。俺がヴェントのみんなを救います!」

 

この事はアスターのメンバーはもちろん、ヴェントの誰もが目撃し、知る事となった。

 

第13話「一路平安」

穏やかな陽の光が窓から注ぎ、テーブルの食事を鮮やかに彩っている。サヴァンはひと通り本を片づけると黙々と食事を始めた。

 

カルミアは対面する席に座り、招集令状についてしまった折り目を伸ばしながら、かつてアージェントからの講師依頼を引き受けるよう説得したことを思い出していた。

令状の内容を読む限り、詳しいことは省かれているものの、かなり切迫した状況であることが見て取れた。

 

「何かとても大変なことが起こっているのではないの?国からの招集だなんて…」

カルミアサヴァンを真っ直ぐ見つめた。彼は伏せていた目を上げ、ゆったりとした態度で腰掛け直した。

「国というよりアージェントからの招集だよ。彗星のことがあるからね、大方また知識を貸してほしいというところだろう。しかし彼には以前講師をした際にざっくりだけれど重要なことは教えているし、聡明な男だからきっと切り開いていくだろう。…それに、代々、力は弱まってしまっているし…ともかく、私が赴く必要はないと判断したんだ」

彼は一瞬自信なく小言を言ったように見えたが、最後はきっちり断言した。

「アージェント様が優秀な教え子だということはわかるわ。けれど、それでもサヴァンに力を貸してほしくてご連絡が来たのではないかしら。彼は、あなたの友人なのでしょう?友人は大切にしなくてはね」

カルミアは優しく微笑んだ。彼はこの笑顔にめっぽう弱い。ただ今回に関しては少しばかり反論した。

「友人であることには違いない。しかしこの招集に応じてしまえば、すぐにここへ戻ることができない。彗星の危険が迫っているいま、君に万が一のことが起こってしまったらと思うと気が気じゃないんだ」

「ふふ、サヴァンは優しいわねえ。私もサヴァンが遠い地で何か危険な目に合うかもしれないと思うと胸がとても痛いわ」

カルミアは、テーブルの上に置かれたサヴァンの左手の上に自分の右手を重ねた。

小さく息をついて、ゆっくりまばたきをした。翡翠色の瞳はじっとこちらを見つめ、次の言葉を待っている。

「きっと、きっとね、アージェント様の力になれるはずよ。ずっとそばで見てきた私が誰よりあなたの才能を信じているわ。テールだけじゃない、この世界すべての危機を救える。そうでしょう?もしここに残ってもいつかあなたは後悔するわ。離れるのは辛いけれど、私なら大丈夫よ。あなたの帰りをここで待っているから、ね」

カルミア…」

サヴァンは立ち上がり、彼女を抱きしめた。

こうやってあなたを説得するのは何回目かしらね、と彼女は目尻を潤ませながら笑った。

しばらくしてサヴァンが言った。

カルミア、君には敵わないよ。他の惑星のことより君が無事かどうかが問題なんだ。けれどそこまで言うのなら、君に害が及ぶ危険要素を前線ですべて無くしておくことにする」

 

 

翌日、まだ日が昇り始めたばかりの靄がかかった朝に彼は馬車に乗って発つ。行くと決めたら馬車の手配と旅支度はとても早かった。

「戻ってきた時に何が食べたいか考えておいてね。腕によりをかけて美味しいものを用意するから」

「ありがとう。それじゃあ、いってくるよ」

名残惜しむように抱擁をし、馬車へ乗り込んだ。

丘の向こうへ見えなくなるまで、彼の乗った馬車を見送った。

 

「必ず、無事に帰ってきてね…」