第12話「友人」
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「手紙…?差出人はアージェント・ブラン……ブラン?」
ブランといえば他の星に住む者も知る光の国ソレイユのブラン家。大変な名家であり、そのブラン家第一子息アージェントよりサヴァンの元に手紙が届いたのは今から3年前の事だった。
手紙の内容は【サヴァン博士の行っているこの第五銀河惑星についての研究、歴史を学びたい】という平たくいうと家庭教師の依頼だったが、サヴァンは自身の研究等、興味が有る事以外は至極無関心な男だった。
「…なぜ私に…」
ため息混じりに手紙を破棄しようとした時、玄関の扉にいつの間にか設置されていた鈴が心地よい音を響かせ訪問者を知らせてきた。この鈴をつけた張本人、カルミアだ。彼女はサヴァンの婚約者でもあり、日々献身的に彼をサポートしている。今日も手作りのランチをもってサヴァンを訪ねて来た。
「サヴァン、ランチの時間よ!…あら?そのお手紙は何?」
「ああ…いや、何でもない。君が気にすることじゃないよ」
サヴァンの手にある手紙について問いてみると、彼はばつの悪い表情で返答した。サヴァンがこの表情ではぐらかすような台詞を言う時は、決まって何か面倒事を抱えた時だということをカルミアは知っていた。持ってきたカゴをテーブルへ置くとサヴァンの近くへ寄り手紙を覗き込んだ。
「なになに~?…え?!あのブラン家のご長男から家庭教師のご依頼じゃない、サヴァンすごい!」
名家の子息からの依頼にカルミアは驚きつつとても喜んでいるようだった。
「別に凄くはないよ。それに受けるつもりもないし」
「ううん、すごいわ!…え、受けないの?どうして?」
「どうしてって…うーん、研究があるし……」
面倒だからと続けようとした時、不意にカルミアがサヴァンの両手を包むように握って微笑みを向けてきた。
「ねぇサヴァン、このご依頼はとっても名誉あることだと思うの。だってこの世界に沢山いる博士の中からあなたを指名されたのよ?それにアージェント様もサヴァンの研究していることをお知りになりたいんでしょう?それなら研究の延長だと思って…受けてみたら良いんじゃないかしら」
サヴァンはカルミアのこのすべてを許すような慈愛に満ちた優しい笑顔に弱かった。珍しくふふっと微笑み返すと握られた片方の手を抜き亜麻色の髪に優しく触れそっと撫でた。
「…そうだな。君の言うとおりかも知れない。…ありがとう、カルミア」
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こうしてアージェントの家庭教師となったサヴァンは定期的にブラン家に訪れてはこの第五銀河惑星について教える日々を送り、2年の月日が流れた。
「サヴァン先生、短い間でしたが本当にありがとうございました。沢山のことを学べました」
「いえ、こちらこそ。…私も君を通じて色々と学ぶことができました。感謝します。…あ、一つお願いがあるのですが良いですか?」
「お願い…ですか?私にできる事でしたら」
了承を聞くとサヴァンは片手を差し出し握手を求めた。普段、人見知りで内向的な性格であるサヴァンからは想像もつかない行動だったが、アージェントは急ぎ握手を交わした。
「ありがとう。今日から君と私は教師と生徒ではなく、一人の人間同士として対等となります。つまりその"先生"というのも敬語も不要です」
サヴァンにとって敬語は他人との壁であり、敬語を使わなくなるという事は相手を認めたという証拠だった。
「で、ですが…サヴァン先生への尊敬は変わりませんし、それに…」
「…ではこうしましょう。私も君への対応を改めよう。これから君と私は"友人"だ。いいね、アージェント」
翡翠色の瞳にしっかりと自分が写っていた。この強い瞳で彼が言い出したらきかない事や、強い意思を持っていることはこの2年間でよく理解していた。
「…分かった。良き友人としてこれからもよろしくたのむ、サヴァン」
その返答を聞くとサヴァンは満足げに口角をあげ強く握手を交わした。
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それから1年後、風の噂でアージェントはソレイユ一の騎士となったと聞きサヴァンはテールから友の活躍を祈る日々を送っていたが、テール国軍より召集令状が届いたのはその頃だった。
「招集に応じる気などないから安心してくれ」
そう言ってゴミ箱へ投げ込まれた令状を拾い上げたのはカルミアだった。