第15話「愚弟」

穏やかな気温で、木々が青々しく風に揺れるある日のことだ。ソレイユ王の使いとしてアージェントがヴェントへ視察に訪れるため、ヴェント国内は警備を強化し、ピンと張りつめた意識が漂っていた。

 

重厚な空気をまとい、アージェントは2名の従者を連れて来訪した。

「お初お目にかかります、ソレイユ神軍第一隊長のアージェント・ブランと申します」

アージェントは優雅にお辞儀をしてヴェント王に挨拶をした。

 

「よくぞ参られたアージェント殿。本日は息子のスロウスに案内をさせよう」

ヴェント王は傍にいる青年を見やった。

青年はふくよかで背丈が低く、肌の白い男だった。前髪を眉のあたりで切りそろえ、きらびやかな服を身につけている。

「初めまして、アージェント殿。私はヴェント第一王子のスロウスだ。本日は素晴らしいヴェントの国をご案内致しましょう」

スロウスは、せり出した腹を突き出し、得意げに自己紹介をした。

「ありがとうございます。スロウス王子。よろしくお願いします」

アージェントがスロウスの隣に立って歩くと、背丈の差でスロウスは若干目線を上げて話さなければならなかった。本人が少し不満そうな顔をしたので、アージェントはさりげなく後ろを歩いた。

ーーー

ひと通りの視察を終え、城に戻る馬車の中でアージェントは尋ねた。

「ヴェントにはスロウス王子の他にもう1人王子がいらっしゃるとお聞きしました。よろしければご挨拶をさせていただけますか」

「我が愚弟、シオンのことですかな。残念ながらシオンはつい先日王族を抜けましてね。奴はヴェントの恥です。もう1人王子がいるなどということはお忘れ下さい」

「王族を抜ける…他国へ移られたのでしょうか?」

アージェントが訊くと、スロウスは鼻を鳴らし、短い足を組んだ。

「いいや、国内にいるでしょう。奴は父上の政策に反抗し、義勇軍などといって民を煽り、混乱に陥れたのです。なに、父上がちゃあんと沈静化させましたけどね。その罰として王族を抜けることになったのです。普通なら反乱罪で死刑ですがね、父上はお優しいのです」

義勇軍…」

アージェントは顎に手を当てた。

「それでは、義勇軍を支持する民もまだ残っているのですね」

「シオンが生きている限りネズミのように湧いて出るでしょう。シオンが「偶然」事故にでも遭いこの世を去ったとしたら無くなるような脆い集まりです」

 

城に着き、ヴェント王に礼を言ってアージェントと従者は帰路についた。

「アージェント様、先ほどの話…」

鼻の高い従者が口を開いた。

「シオン王子のことだろう。私もそれを考えていた。この国は商業や漁業も盛んだが貧困層は完全に見放されているな。今日は表通りしか詳しく見て回れなかったが、裏路地は天と地ほどに差がある」

「シオン王子は貧困層義勇軍として立ち上げたのでしょうか」

耳の大きい従者が首をかしげた。

「その可能性はあるな。ヴェント王がシオン王子を処刑しなかったのは、裕福層への人格アピールだろう。貧困層の民がすぐに反乱を行動に起こさないようにし、シオン王子を暗殺後、義勇軍支持者全員処刑もあり得る」

「窮鼠猫を噛むと言いますから、ヴェント国の情勢は今にも傾きそうですね…」

耳の大きい従者が呟いた。

それを見て鼻の高い従者が腕を組み、眉間にシワを寄せて言った。

「表向きには支持者は数少ないことになってますけど、公に言うと圧力がかかるため隠れた支持者も多いかもしれませんね」

アージェントは少し思い出したように口元を上げて笑った。

「それにしても、スロウス王子の口の軽さのおかげで情報が簡単に手に入って助かった」

「「たしかに」」

鼻の高い従者と耳の大きい従者は口を揃えた。

 

 

これが、彗星侵略が始まる半年前のことであった。

アージェントからの招集令状がシオンの元へ届いたということは、ヴェント王ならびにスロウスの耳にも入っていた。

「父上!アージェント殿からシオンに招集令状が届いたというのは本当ですか!」

ヴェント王は頰に手をつき、ひじ掛けにもたれかかる体勢でため息をついた。

「そのようだな」

「なぜ正式な王子の私にではなくシオンなのです?これでは私の面子が丸潰れではないですか!父上からソレイユに抗議して下さい!」

スロウスは鼻息を荒らし地団駄を踏んだ。

「スロウスよ。ソレイユに苦言を呈すると後々面倒になる。それに、シオンが招集されたのは彗星についてのことじゃ。そこで戦死なり事故死なりするなら手間が省けるというものだ。この数ヶ月、幾度となく暗殺者を送ってもなかなか尻尾を掴めんかったからな」

「ああ…さすが父上。そういうことでしたら、私も文句は言いません」

ヴェント王の言葉にスロウスはニヤリと笑い、玉座の間を後にした。