第25話「微笑み」

真っ白に輝く鳥が群れをなして青い空を駆けていく。

朝を告げるラッパの音が響き、人々が、街が動き出す。

 

ベルは頭の高い位置で髪をまとめ、朝の支度を終えた。

鏡越しの自分を見つめ、パンッと頬を叩き、気を引き締めた。

 

部屋を出てまずは食堂へ向かった。

昨日フォートが持ってきてくれた皿を返していると、サヴァンが隅の方で本を読みながら朝食をとっているのが見えた。

 

サヴァンさん、おはようございます」

ベルはサヴァンが座っているテーブルの向かいに立って挨拶をした。

サヴァンは本から目線を上げると、「君ですか、どうぞ」と言って、ベルを向かいの席に座るよう手で促した。

 

「昨日は、ありがとうございました。ろくにお礼も言わず去ってしまい申し訳ありません」

座席についたベルは頭をさげた。

「いえ、気にすることはありません。私も興味深かったものですから、有意義でした」

ベルは安堵した表情で顔を緩めた。

「昨日、言いそびれたことですが…フリージア家の能力について、お話ししますか?」

聞くことによってプレッシャーになってしまう可能性も考えて、サヴァンなりの気遣いの質問だった。

「はい、教えてください。知らないままなのは嫌です」

ベルはまっすぐ背筋を正した。

「お話しすると言ってもそれほど私も詳しくはないのですが。フリージア家はフルールの花の民。木花の力を借りてあらゆるものを足止めすると文献に残っていました。方法まではまだ解読できていないですね」

 「木花の力…。サヴァンさん、ありがとうございます。何かの手がかりになるかもしれません」

ベルは立ち上がりお礼を言った。

サヴァンは何かわかったらまたお話ししますと言い、また本を読み始めた。

無表情ながらも優しい人だなと思いながら、ベルは少し微笑んで、一礼してその場を去った。

 

食堂から出る際、シオンとすれ違った。

「おはようございます、シオン」

「やあ、ベル。おはよう。気持ちのいい朝だね。ベルは朝からシャキシャキしてて偉いなあ」

シオンは世の中の女性達がとろけてしまいそうな笑顔で挨拶をした。

「こんな事態ですからね。ところでシオン、フォートを見かけませんでしたか?」

「フォート?朝の訓練してくるってさっき走ってたけどなあ。訓練場にでもいるんじゃないかな。ベルの会いたい人がフォートだなんて、妬けるなー」

シオンは頭の後ろに手を組んでにやついた。

「そ、そんなのじゃありません!昨日お世話になったのでお礼を言いに行くだけです」

「はいはい、そういうことにしてあげる。訓練場は入口近くだよ。迷わないようにね」

シオンはベルの肩をポンポンと叩くと食堂へ入っていった。

「もう…そんなのじゃないのに…」

ベルは頬を赤らめて訓練場へ向かった。

 

訓練場は、広く、真っ白い空間が広がっていた。訓練場の扉は開け放たれており、部屋の真ん中あたりでフォートが剣の素振りをしていた。

天窓から注ぐ陽の光がフォートの汗を照らしていた。

一通り剣の型を素振りしたフォートは、ふうと息をつき洋服の裾で顔の汗を拭った。

入口付近に佇んで、声をかけられずにいたベルの方を見て、ニカっと笑った。

「あんまり見つめられると恥ずかしいもんだな!」

わははと笑って剣を鞘に収めた。

「え!いやそういうつもりじゃ…」

ベルは慌てて手を横に振った。

(さっきシオンに言われたからやりづらいわね…)

少し頬が熱くなるのを感じたが、ふるふると雑念を消すように努めた。

「昨日の夜、ありがとう。夕食と、あと、話を聞いてくれて」

「律儀なやつだなー。気にすんな。俺がやりたくてやったことだからよ。大した事してねえけど、元気でたみたいでよかったな」

ベルは近づいてきたフォートを見上げた。

よく見るとフォートは力強い深紅の瞳をしていて整った顔立ちだ。

「うん。フォートのおかげで気持ちが軽くなった。また何かあったら話を聞いて欲しい」

ベルはフォートの目を見て微笑んだ。

それは戦闘からは無縁のような、花のような微笑みだった。

「お、おう、いつでも喝入れてやるよ。その、なんだ、メシも毎日持って行ってやる…」

フォートはなぜか頬が熱くなってしまったので腕で口元を隠しながら言った。

 

 

「ふふ、毎日なんていいわよ」

とベルは笑った。

 

 

(なんで、顔が熱いんだろう)

 

ベルとフォートはそれぞれ同じことを考えていたが、それはお互い気づくはずもなかった。