第26話「本気」
訓練場にはすっかり和んだ空気が流れ出していたが、それを引き締めるように切り出したのはフォートだった。
「さて…と、俺はそろそろ訓練に戻るが…ベル、お前はどうする?」
質問は意外だった。
どうする、と言われるとこの後の行動を特に考えていなかったベルは腕を組み片手を顎にかけ、少しの間考えてから笑みを携えて答えた。
「そうね、せっかく訓練場に来たんだし…私も訓練していくわ!あ、フォートよかったら手合わせをお願いできない?」
ベルの予想もしていなかった誘いにフォートは驚くように目を大きく開けた。
「て、手合わせ?!お前…まかりなりにも俺はフレイム一の剣士だぞ?」
その返答にベルはふふと笑みを零しいささか誇らしげに答えた。
「ええ、知ってるわ。でもこう見えても私もフルール国王軍で騎士隊に所属しているの。心配は無用よ!」
つい先ほどまで花のように可愛らしく微笑んでいたと思えば、凛とした表情を見せ話すベルの様子にフォートは嬉しそうに笑った。
「っはは!やっぱベルは面白れーなぁ、他の女とは全然違うぜ。…うっし!じゃあどっからでもかかってこい!」
フォートの了承を得たベルは壁に立てかけていた訓練用の剣を手に取り、会釈し剣技の体制をとっては深呼吸をして「参ります!」という発声とともに素早くフォートへ向かった。
「…へぇ。やるじゃねぇか」
フォートは予想していたよりもベルにはスピード、技術があるとわかり嬉しそうに声を零した。
その余裕の表情をみてベルはキッと目を鋭くさせフォートへ問いかけた。
「ちょっと…!フォート、ちゃんと本気でやって!!」
ベルの技量を図るためいささか手を抜いていた事を見抜かれたフォートはクスと鼻先で笑った。
「はは、バレちまったか!……じゃあちゃんと目ェ、開けてみとけよ……!!」
…と、いたずらな笑みを浮かべていたのもつかの間。
フォートの深紅の瞳は光ったように見え、剣は空を切るようにベルの横にあった人型を模した的のど真ん中に刺さっていた。
その光のような速さで的を得る剣さばきをした時のフォートの表情はまだベルが見たことのない凛々しく力強いものだった。
「…う、うそ…!」
勝負はその一瞬で決まってしまった。
ベルは驚きのあまり硬直していたが、
フォートはすぐに見慣れたニカっとした笑みを浮かべ剣を下ろした。
「ベル、なかなかやるな!じゃー…また手合わせしよーぜ。ありがとな」
そう言うとベルの肩にポンと手を置いてフォートは先に自室へ戻っていった。
一人になったベルはまだ少しぼうっとしていたが、剣を元の位置に戻しながら呟いた。
「…すごかった。剣が見えなかった…あれがフレイム一の剣士……」
ベルのフォートへの印象が”尊敬”へ変わった瞬間だった。
そしてその後も止めを刺す瞬間の凛々しい表情がなぜかしばらくベルの頭から離れることはなかった。