第28話「心配」

夜風が頬をかすめて気持ちがいい。
酒は呑んでないが、気分が高揚していて体が熱い。
ベルは早朝にも鍛錬をしようと早めに呑みの席を立ったのだ。生真面目な性格だとつくづく自分でも思った。

この辺りは飲食街で、夜更けにもかかわらずまだ人通りが多かった。
5人の男の集団が酔っ払っているのか大声で喋りながらふらふらとしており、その内の1人が、ベルの肩にぶつかってきた。翼がないのでソレイユの住人ではなく他国の者のようだ。
「ああ?ねえちゃんひとりかい?」
ぶつかった男はベルに近寄ってきた。相当な量の酒を呑んだようで匂いがきつい。ベルは思わず鼻に手を添えた。
「ひとりならこれから一緒に呑もうよ」
別の男たちがぞろぞろとベルに気づき、ベルは囲まれた形になった。
「美味い店があるんだ」「美人だね」
などと男は口々に言った。
「せっかくですが、急いで帰らなければならないので。失礼します」
男の間をすり抜けて行こうと前に出ると、ぐっと腕を掴まれた。
「つれないなあ。少しくらいいいじゃねえか」
「離してください。さもないと…」
ベルが男の腕を捻ろうとした時、雷のような怒号が飛んできた。
「おいてめえら、その手を離せ!」


「フォート!?」
怒号の主がまさか来るとは思っておらず、ベルは驚いた。
「なんだてめえ?今いいとこなんだから邪魔するんじゃねえよ」
男たちは酔った勢いもあり血の気が多くなっているようだった。

フォートは指をぼきぼき鳴らしながら不敵な笑みを浮かべて言った。
「どこがいいとこなんだよ。俺が相手になってやるから、来な」
「ふざけんじゃねえ!こっちは5人だぞ!」
男がフォートに向かって行こうとしたが、ベルが叫んだ。
「逃げて!」
「ほら〜お姉さんも逃げてって言ってるじゃん。1対5だとかわいそうだもんね〜」
「フォートじゃない、あなた達に言ってるのよ!あなた達の身が危な…」
「もう遅いぜ」
ベルが言い終わる前に、いつのまにかフォートはひとりの男に詰め寄っており腹を殴った。
殴られた男は吹っ飛び道の脇にあった樽の山に突っ込んだ。
あまりにも一瞬の出来事に男たちはポカンとした。
「おら、次は誰だ。こんなんじゃ準備運動にもならねえ」
「ま、まさかとは思うけど赤い髪…フォートって…フレイムの…」
男は青ざめた様子で震えだした。
「なんだ終わりかよ。そこで伸びてる仲間も回収してさっさと失せな」
男たちはそそくさと退散し、フォートはいかにもつまらないという顔をしてため息をついたが、振り返り、ベルを覗き込んだ。
「ベル、大丈夫か?」
「もう!フォート!一般人を相手にしちゃダメじゃない!」
「おいおい助けにきたのに説教かよ」
「私ひとりでも切り抜けられたわ。そもそもなんでここにいるの。まだみんなと呑んでいる最中でしょう」
「まあ、お前が強いのはわかってるけど。お前も女なんだし心配じゃねえか」
突然の女扱いにベルは顔が熱くなった。騎士団を目指すようになってから男性とも対等に戦いあえるよう努めてきたこともあり慣れていないのだ。
遅れてシオン、サヴァン、アージェントもやってきた。呑みの席はお開きになったようだ。
「なになに?どうしたの?」
シオンが言い合いをしているフォートとベルの間に顔を覗かせた。
「お、女だからってなめないで!」
「なんでそうなんだよ!おまえが心配だっつってんの!」
「なんだ痴話喧嘩か」
「「ちがう!」」

サヴァン、あれは無視していいのか」
「私達には関係ありません。帰りましょうアージェント」


いつの間にか人だかりができており、ただでさえ目立つ彼らが更に目立っていたが、本人たちは気づかず夜は更けていった。