第24話「星空の約束」
ベルがフォートと話し始めた丁度同じ頃、自室にいたアルメリアは浮かない表情を浮かべながら鏡台の椅子に腰をかけていた。
「(ねぇ、アージェント。この先世界は一体どうなってしまうのかしら...わたくしにも何かできることがあれば良いのだけれど)」
迫り来る危機に隠し切れぬ不安の色をのせた瞳は小さく揺れていた。
どこか落ち着かない様子で立ち上がり、外の空気を吸おうとテラスへ出ると先ほど心の中で問いかけをした人物がそこに居り、アルメリアは驚いた。
「アージェント…?」
高く位置するアルメリアの自室を見上げるようにして中庭に佇んでいたアージェントも、まさか本人が顔を出すとは思っておらず、いささか目を大きくし驚きの表情をみせた。
そんなアージェントの表情をみるとアルメリアはとても気持ちが高揚しているのを感じながらアージェントへ向け声をかけた。
「アージェント! そのまま そこに居てね?今すぐ行くわ!」
アージェントは度重なる驚きに珍しく困惑したが、それもつかの間で息を切らせたアルメリアが目の前に現れた。アージェントはアルメリアの息が整うのを待ってから話し始めた。
「ア、アルメリア様…そのように息を切らせて……」
「ふふ、おまたせ アージェント」
「いえ、しかしいくらソレイユに宵闇がないとは云え、姫君がこのような時間に出歩いては…」
「あら それはお互い様でしょう?」
「...仕方のない方ですね」
いつもなら"いけません”と言って返すところ、なぜか今は麗しい姫君が心許した者だけに見せるその悪戯な表情につられアージェントも笑みを零し許していた。
「ところで姫、私の思い過ごしであれば良いのですが…その、少々元気がないように見えるのですが…...何かあったのですか?」
その言葉にアルメリアは "まぁ" と口元に指先をわずかに触れて驚いた。
「ふふ、あなたは何でもお見通しなのね?…そうね、少し歩いても良いかしら」
「ええ、もちろんです。私は姫の専属護衛ですし、供に何処へでも参りましょう」
「専属護衛…そうね。……あ、リュヌリウムへ行きましょうか。わたくし、あちらの星空を見るのがとても好きなの」
花のように微笑んだかと思えば、その花をしゅんと萎ませるように儚い表情をみせるアルメリアにアージェントの心も少しずつ動いていった。
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ソレイユはこの第五銀河を統べる星となっているため、重要な位置となる星々を常に観測できるよう様々な施設がある。
リュヌリウムとはその中の惑星リュヌ、別名"夜の星"を観測するための施設である。その名の通りリュヌは一日中夜が続く星であり、ソレイユとは真逆の位置に存在している。
このリュヌリウムはドーム型をしており、室内に入ると天井にはリュヌに瞬く美しい星空が広がっている。アルメリアは心を落ち着かせたい時など、よく利用していた。
「姫、足元にお気を付けくださいね」
「ええ、ありがとう アージェント」
二人は中へ入るといくつか設置してあるベンチの一つへ並んで腰を掛けた。
供に瞬く星を眺め、心地よい沈黙が流れていた。アージェントは時折、星々を瞳に映すアルメリアの美しい横顔に心を揺らしていた。
そんな沈黙を破り、先に声音を響かせたのはアルメリアだった。
「ねぇ、アージェント。これから先、世界は大きな戦となるのでしょう?」
「…… ええ」
「わたくしは…ソレイユの王女として皆を守れるよう尽力するわ」
「 姫…心強いお言葉、ありがとうございます。私たち兵も必ずや姫、そしてこの世界を守り戦い抜いてみせます」
アージェントの言葉にアルメリアはふわりとほほ笑むも、アージェントにはそれがどこが寂し気な笑顔に感じた。
アージェントは徐に立ち上がると、アルメリアの向かいに立ち そして跪いて彼女の片手を取り瞳を合わせた。
「…アルメリア様。 私ではそのお心に潜む不安は拭えないのでしょうか?」
アルメリアは突然の行動と向けられた言葉に胸奥がぎゅうと締め付けられような感覚になりながらも、取られた手をきゅっと握り返して答えた。
「アージェント…。ふふ、本当に…お見通しなのね? ……わたくしはあなたに守っていただきたいの。…アージェント、わたくしを…ずっとずっと守ってくださいますか?」
そう言ったアルメリアの顔はほんのりと朱をのせ可愛いらしく笑っていた。
アージェントはその笑顔が何よりもうれしく同様にほほ笑むと、取っていたアルメリアの手を口元に寄せた。
「勿論です、姫。私が永遠にアルメリア様をお守りいたしましょう」
そう答えるとアルメリアの手の甲に触れる程度の口づけを落とした。
「…ええ、約束よ?」
美しい星々が瞬く夜空の下でアージェントとアルメリアは二人だけの約束を交わした。